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方法論について

 私どもが考える、何かをしたい、何ができるか、何としてでも、何故なら、という単語が頭の中に無作為に並べられることで、苦吟(くぎん)しながらも整理に余念が無くなります。

 これは、ひとが頭に思いついたことを整理するためのもとになる思考過程であって、正に『方法論』と呼ぶにふさわしい言語に行き当たります。それでなくても、ひとは色んな世俗に塗(まみ)れて、あれもしたい、これもしなくては、とか言って混乱のうちに何もできなく終わってしまうからです。どれひとつ成功しないうちに人生そのものを終えるということに『後悔』が出てくるのでしょう。そうでなければ、後悔などという観念さえも出てこないでしょう。飽くまでも、方法論は手段であって目的ではありませんので、色んなルートや筋道を考えて実践していけばいいことだとろうと、腑に落ちることで一応の満足を得られれば良いのでしょう。

 これを、無理にでも正解や極論を出さないといけないような追い込みをするものですから、苦しくなってしまうのでしょう。追い込むことは、ある時には必要かもしれませんが、大抵の場合、「人生には無数の命題があるわけで、それについてじっくりと考えて、自分なりのやり方、対処方法を考える」(佐藤しょうおん、2023・05・31;☆ 方法論を持つ の一節引用)ことでいいのですから、悩まないことです。

 本当に悩むべきは、必ず何かを完成させるという不遜な思い込みでしょう。