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女性が結婚したくないと思う男性について

2026・09・24=Ⅰ;

 

 私どもは大抵、-例外はありますが、普段から“将来への確信”として、結婚・家庭・子どもなどの家族イメージを持ちます。しかし、現実的にはふんだんな収入があって、自身の性格や行動に頼られる人にしか幸運は回ってきません。

 これが、現実としての実態でしょう。そのために、早くから結婚や家族を持つことへの憧れを捨て去ることになる人も多いのです。

 しかし、世の中は考え方の違う人たちが沢山います。収入ではない、思いやりが最上、お互いに礼節を尽くせる人、などの想いが一致しましたら、パートナーとしての条件があるものですから、その先には結婚と言ったひとまずのゴールがあります。

 しかし、①自己中心的で周りへの配慮が足りない、②現実離れした大きな夢を追い続けている、③結婚に否定的な見方を持っている、④将来に対するビジョンが持てない、⑤重度の飲酒や喫煙、⑥浮気を繰り返す、⑦自分のことが自分でできない、⑧明らかなマザコン等々の原因で条件が噛み合わず、一緒になれない人たちも出てきます。

 今あげました、8つの条件は、男性から見ても「ムリだろうな」と言える諸条件です。ですから、これらを一切無くすことで、全ての条件をクリアーするか、減らすことで相手に良い印象を持ってもらえるひとになることで、女性が見向くことになるでしょう。

2025年問題とは何だったのかについて

2026・09・23=Ⅰ;

 

 物流の労働時間問題が出来したと思ったら、今度は私らの少し先輩である団塊世代の人たちが全て“後期高齢者”となってしまいましたので、現在の若者たちがこの人たちの『保障』を支えなければならなくなりました。

 即ち、『~「2025年問題」とは、団塊の世代約800万人以上が75歳以上を迎え、後期高齢者となることで、年金・医療・介護などの社会保障費が限界に達し、社会全体に負の影響をもたらすとされている、言わば社会問題です。』(少々古いですが、2024・01・23;ニューズウィーク日本版 によるストーリー一部引用)

 これは、2025年現在年間の新生児出生数が約70万人であったことにも大きな影響があります。考えても見てください。戦後の統計上の最多出生数では、年間約266万人が生まれた時期から考えて、その3分の1以下の人数で、15歳以上65歳未満の労働適齢期の労働者が支えられるかと言いましたら、前記の社会保障費は支えられないでしょう。

 こうした明らかな問題提起に対し、政治家や各省庁の公務員らの知恵を絞った将来への対策です。自分らの生活もあるのでしょうが、将来設計においてどうあるべきか、彼らの給与からの源泉が民間の労働者らの労働の対価の一部ですから、真剣に考えてもらい、どうしたら持続的な供給が得られるかを、必死に模索すべきでしょう。

比較や嫉妬と思い上がりについて

2026・09・22=Ⅰ;

 

 人間は、あらゆる動植物上の世界に君臨を始めてから、少々傲慢になってきたような気がしています。なぜなら、人間が至上で、他のあらゆる動植物への支配権を持っているような言動が多すぎ、また、自然や動植物を護るといった名目で、環境を破壊することもしてきています。1960年代後半から“ローマクラブ”が発足して、自然との協調や、人類の傲慢さをたしなめる言動がとられてきています。

 然しながら、『~ある幸せもない幸せも、実感しなければ意味がありません。他人のことを考えてうらやましがっている時間を自分の幸せを体感する時間に変えることができれば、目の前の幸せに集中することができます。自分にとっての幸せを定義し、それを実践することで、日々、幸せや幸せに向かって進んでいることを実感しましょう。~』(2024・01・23;アサジョ の意見 一部抜粋)であって、『~分の人生は、自分しか歩めません。誰もが誰かの人生をうらやんでいるのだとしたら、「自分は自分で満足してみよう」という心持ちで自分自身に向き合ってみてはいかがでしょうか。過去の自分が嫉妬するような自分になれるかもしれませんよ。(Nao Kiyota)~』(同上)などのこともあり、他人と比較しない、嫉妬も覚えない、ましてや思い上がりも無くす、などと言った内心の言動が必須でしょう。そのために、他人と比較しない、他人に嫉妬しない、自己啓発を繰り返すことが必須です。

一発屋芸人の生き方について

2026・09・21=Ⅰ;

 

 私は、お笑いについては、自分が“ウィット”に富んでいないことと、後からの気づきが遅すぎて、どうにもならない年月が長かったものですから、“タレント”とという才能を感じたことはありません。長い下積みを強いられる“一発屋芸人”の正体がこれでしょう。

 テレビやネットの世界では、実に心が震えるほどの感嘆さを覚える人が多いものですから、“絶対に、自分がなれる業界ではない”との認識があります。

 また、昭和28年2月のテレビの放映開始からほどないころの、昭和34年ころにテレビを入れてもらいましたので、割合早くから映像には親しんできました。

 そして、映像の中にいる人たちの才能溢れる言動には脅威の驚きを覚えたものでした。しかし、年月が下って70年余も過ぎますと、『芸』は役者かタレントかと言えるほどに未分離であり、繋がっていることへの才能を感じたものです。そうした中で、『~小島は「お笑いの才能は本当にないと思います。謙遜ではなく」「例えばネタを作る能力とか、大喜利。その2つって結構デカいじゃないですか。お笑い芸人の中で。そこマジで低いんで」と自己評価した~』(2024・01・23;E-TALENTBANK によるストーリー からの一部引用)といった言葉を聞いて、生半可で大勢の才能あふれる集まりの世界で、鎬(しのぎ)を削(けず)ることなどは困難と、改めて思い知らされました。憧れてなれるほど甘い世界のことではないでしょう。

ホワイト企業と福利厚生について

2026・09・20=Ⅰ;

 

 普段から問題になる「ブラック企業」とか「ホワイト企業」と言った“ラベル”の問題ですが、一概には断定できない企業風土があります。確かに、厚生労働省の言う労働目的を明確にした企業理念のあるところには、大勢の若手が集まるのでしょうが、労働時間を守らないとか、残業代がつかないとかの、昔で言う「ムリ偏にゲンコツ」などと言った企業風土には、人は集まらないでしょう。しかし、一部には「居心地が良すぎて」などと言った人たちの意見も見られます。企業風土の良さに、物足りなさを感じるのだそうです。

 これは、「~離職率の低すぎる会社は、つぶしの利かない社内業務で労働市場における価値を高められず~」(2024・01・23;J-CASTニュース によるストーリー 一部引用)と言った問題ではなく、意識を集中して働くことへの喜びを得たいがための労働者意識を持たない人もいるからです。これが、福利厚生を超えた、働く喜びを齎すのです。

 どちらが良いかなどは、若手や、目的意識をもって労働の観念を高からしめるのが一番ですから、当該人らにあった労働の提供と手当の充実した環境を与えるべきでしょうし、満足とまでは言わないまでも、“やりがい”を覚えさせることが良いしょう。

働く意義と、これに応えられる環境が合致していましたら、経営側も労働者も、給与を出したい、何時までも働きたい、との双方の兼ね合いが合致することでしょう。

祖国のために戦えるか(敬称略)

2026・09・19=Ⅰ;

 

 これは、どなたも知っている“ひと(⇒桜井よしこ)”の言葉ですが、常に一般論として言われる「戦争が起きたら銃を持ちますか」と言って答えを迫ることです。が、平時に慣れた人たちに極論を押し付けられても、仮定の話しには答えられないと躱(かわ)されるでしょう。

 そのために、普段からの心構えとしての戦争論が言われるのでしょうから、この質問や答えには、国が責任をもって教育しなければならないと考えます。

 私どもは、大東亜戦争後81年余にならんとしているために、育った環境も、廻りの状況も違ってきていますので、応えに柔軟性を持たなければならないと考えています。

 この地球上では、何時も何処かで戦いがあり、その犠牲になっている人たちが無数にいます。普通に言われることですが、戦争の大きな犠牲者は女性や子どもたちであり、判断のつかないことでは、国を預かる議員や行政の長の判断ではありませんから、前提がおどろおどろしくて、いきなり意見を求められても困難でしょう。イスラエルなどの臨戦態勢下の国では、女子も子どもも銃を取るのが当たり前なのでしょうが、祖国の成り立ちをしっかりと教えてこなかった人たちへの質問では穏当を欠くでしょう。そして、国づくりには避けて通れない“命題”ですから、きちんと教え諭(さと)すべきですし、緩急(かんきゅう)の質問ですから、日ごろの問題にもなると考えます。

癖くせを治なおすには

2026・09・18=Ⅰ;

 

 決まりきった言葉に、「なくて七癖(ななくせ)あって四十八癖(よんじゅうはくせ)」と言われます。古くから言い慣らされてきていますので、言葉自体に重みがなくなっています。重要ではないといった意味ではありませんが、自己の身の回りを見返るにはあまりにも単純すぎるのではないかと思うからです。ですから、治すよりも自覚することが先決で、全てでしょう。

 一例を引用しますが、【~皆さんはご自分の言葉遣いに自信を持っていますか。周囲で言葉遣いが悪い人を見ると「子どもっぽいな」「品がないな」と不快な気分になる人も多くいるでしょう。しかし、言葉遣いが悪い人は、自分の言葉遣いが粗雑で品がないと自覚していないケースが大半です。つまり、皆さん自身も無意識のうちに言葉遣いが悪くなっている恐れがあります。~】(2024・01・23;シュフーズ の意見 一部引用)

 これなどは、自己評価がすべてで、即ち「~言葉遣いが悪い人は、自分の言葉遣いが粗雑で品がないと自覚していない~」からでしょう(同上)。

 癖に、良いも悪いもありませんが、傍(はた)から見て先に述べましたように、品がないと言われないために、身ぎれいにすべきでしょう。そして、治すほどでもいない癖がありますから、時と場合で、柔軟に使い分けるのも一興(いっきょう)でしょう。品があるかもしれませんし、ほっとする表情があるかもしれませんので、今一度立ち返ってみるのも良いでしょう。