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結婚は生存戦略か

2026・08・11=Ⅰ;

 

 私どもの親の世代では、「ひとりでは暮らしていけないが、二人なら何とか暮らしていけるから、一緒になりなさい(⇒結婚という意味)」が主流であったような気がしています。これには、男子は外で働き、妻が留守を預かり、公私の生活を補完しあいなさいと言った意味合いでの『戦略』だったと理解しています。

 しかし、時代は下り、意識も、考え方も違ってきた現代では、生存戦略というよりも、富の格差に幅が出てきたために、『贅沢品』になりつつあるのではないかと考えています。

何時のころからでしょうか。ある時私がふと、“NHKのど自慢”を見た際には、中学生の子供くらいの男の子が、МCから「将来、何になりたい」と聞かれた際に「公務員」と答えたのが妙に気になりました、

 これは、本人の意思か、廻りの大人の意思かは分かりませんでしたが、バラエティにとんだ職業の選択というよりも、公務員を選択することを最優先に考えていたのに違和感を覚えたからです。公務員にも幅があり、業務の種類にも多様性がありますので、何をしたいかではなく、漠然と公務員を志望する子らの意識に、戸惑いを感じました。

 何が言いたかったといいますと、結婚が過去には生存戦略であったものが、これさえ贅沢品になりつつあるのかといった意味合いです。富や収入の格差でしょうか。

二宮金次郎が見抜いた「貯まらない人に共通する習慣」について

2026・08・10=Ⅰ;

 

 私どもは、大抵の家庭では、①まじめに、②こつこつと、③一所懸命、④わき目を振らない、⑤先に楽しみをとっておく、などの日常の基準が大きく幅を利かせていました。

 『節約や貯蓄においては積小為大の精神で、少額でもこつこつ続けていけば、大きな資産をつくることができます。分度(ぶんど)を守り、見栄や過ぎた欲を捨てることで安定した家計を築くことができます。家事においても勤労の教えに基づいて良い仕事をすることで家族が幸せに暮らすことができるでしょう』(2026・04・26;「貯まらない人に共通する習慣」からの一部抜粋)。この箴言から分かりますように、日常の小さなことへの慢心が、将来の己をだめにするか、光り輝く未来を約束するかを決定するのです。

 しかし、私自身にはどうしてもあしたのことより、“いま”が大切ですし、この上ない渇望した欲求です。自分で振り返りますと、掲題の「共通項」がよく分かります。

 人には各自の性格があるように、楽しみを自分の中に閉じ込めておける人と、その都度発散しなければ耐えられない人がいます。後者の典型が私であるのですから、掲題の二宮金次郎には到底なれないでしょう。ならなければならないのでしょうが、性格は忍耐を超えることを潔しとしません。良し悪しではなく、遺伝の法則に倣っているからです。

木原誠二官房副長官の妻「元夫不審死事件」“忖度とタレ込み”の裏Ⅱ

2026・08・09=Ⅱ;

 

 趣向を変え、ⅠからⅡに渡って、同じ内容の記事を掲載します。何故なら、事件当時の疑惑が晴れないままに燻っていますと、憶測や義稔を呼び覚ますからです。

 国家権力は、正義のために使われて始めて用をなすのであって、不正義のために使われたら、私を含む99.9パーセントの国民が腹の底から煮え立つ思いをすることでしょう。

 そして、事件が闇に覆われて、真相がわからない未解決事件が多数あると聞いていますので、表ざたになっていないようですが、これらを掘り起こすと不都合な立場になる人が出てくるようです。更には、現在の地位や環境にも影響が出てきますので、不正義は基本あり得ないでしょう。が、義務教育の9年間でも習ってきていますことが、何故現実の社会では正義が枉げられるのかですね。9年間も習ってきている正義の実現が、いともたやすく不正義によって枉げられる、現実の声を上げないことが社会での慣用になってしまうことが、国民の声であるはずがないのですが、現実は真逆です。

 引用は、【2023.07.21by 新恭(あらたきょう)『国家権力&メディア一刀両断』】からですが、そうあっても正義感が埋没していることに疑心を抱きます。他人の内心を忖度するのではないのですが、大勢の人が分かっていながら、現実の推移だけが記録される世の中は、矢張り糺さなければならないでしょう。

日航機墜落が「事故」ではなく「事件」だったとは

2026・08・09=Ⅰ;

 

 この事故・事件は、何十年たっても記憶に新しく響いてきます。“何が何なのか”誰も、未だに理解できていません。確かに、昭和40年代は、飛行機事故が多かったのは事実でしたが、こんなにも不可解で、日本国民に納得のできない事故・事件もないですね。

 多くの犠牲者が出ました。約500名にも及ぶ死者でした。小さい女の子がたった一人助け出されてのでしたが、この場面のみが強調されただけで、未だに諸説が芬々(ふんぷん)と出てきています(日本航空123便墜落事故は、1985年8月12日に発生した航空史上最悪の事故)。

 確かに、敗戦後の日本はアメリカの占領下で言いなりです。戦後81年余でも変わりありません。皆が知っていて、誰も発言しない事実。これは日本の恥部でしょう。

 未だに、日本国内の領空はアメリカ軍の最優先が解けていません。その間を縫って分単位で民間航空機が離着陸するのです。“あわや”という場面はいくらでもあります。機長はそれを知っています。しかし、かたくなに口を閉ざしています。事故が起きたときにのみ、重い口を開きますが、真実は伝わってきません。

 国際関係は、パワーバランスで成り立っています。倫理でも道徳でもありません。更には、資源の少ない日本国の生き延びる方策は、低姿勢の資源外交のみです。諸情報での理解ですが、個人的には「事件」です。解明されることはないでしょうが。

木原誠二官房副長官の妻「元夫不審死事件」“忖度とタレ込み”の裏

2026・08・08=Ⅰ;

 

 少し前の事になりますが、政治家の横暴とか、官房機密費とか、政党助成金とかの絡みで、屈辱を味わったのは誰で、大いに笑ったのが誰であったのかを、後(こう)年(ねん)表(おもて)に出てきても、“アメリカで言う40年後の真実”とか、“やはり真実は藪の中”といった言葉遣いが平均的な結論になってしまうことが、如何に権力の強い重圧と自己個人の利益のためには何でもやるといった“力が正義”という代わり映えのしない現実を見ています。なぜなら、10年以上も前に事になりますが、当時週刊誌などをにぎわせた事案が、未だに燻(くすぶ)っていることへの懐疑です。捜査員が納得できていないのに、事件を収束させたことです。

 「~逮捕寸前まで捜査が進み、突然、幕引きとなったのである。通常はありえないことだ。2015年6月に、当時の安倍首相と懇意だったTBSワシントン支局長、山口敬之氏が、準強姦罪の容疑で高輪署員に逮捕される寸前、中村格警視庁刑事部長(のちの警察庁長官)のツルの一声で、無罪放免になったことがあった。政治の力が働いたのは容易に想像できたが、X子さんの場合はどうだったのか。木原氏を忖度し、警察サイドが捜査を断念したということはなかったのだろうか。~」【2023.07.21by 新恭(あらたきょう)『国家権力&メディア一刀両断』から一部抜粋】といった数限りない過去事例の一部です。皆が知っていながら、深掘りしないといった権力構造の闇です。変わらない流儀でしょうか。

人に好かれ信頼される人の共通点についてⅡ

2026・08・07=Ⅰ;

 

 本日も同じような内容ですが、人に好かれると言った“性向”は、巧んでも廻りや他人には分かられますので、懐疑的になられるよりは、自己の内心の意思が思わぬ方向へ行かないように、自身を厳しく律して行かなければならないでしょう。

 そうでなくても、身近では、①言ったことを言わないとか、②やったことをやっていないとか、「おれ、そんなことを言ったっけ」、「おれ、そんなことやったっけ」と言って、飽くまでも自分の非や、罪悪・悪事を認めないものです。掲題は、これの真反対が全てです。

 他人を騙し、自己の利益になるのなら、どんな嘘を言っても、平然としていられる“神経”が理解できません。日本人の大半である、約8割は常識をわきまえていて、自分の非を認めて謝罪します。ですから、互いの譲歩や、許す気持ちに余白が出てくるのでしょうが、約2割の人たちには、「反省」といった二文字がないのでしょう。

 そのために、意外のようなトラブルを招来したり、争わなくてもいい場面で、争わなくてはならなくなるのです。これには、あきれ返ります。ですから、周りを見渡しても、掲題の「人に好かれ」るといった性格の良さと、疑心でみられる性格には、真逆な評価ができます。数字で言う8対2の原則は、ほとんどのケースに当てはまります。可能でしたら、自己の身近な範疇では、言った・言わない、騙した・騙さないは、よしましょう。

人に好かれ信頼される人の共通点について

2026・08・06=Ⅰ;

 

 人には、何をしなくても周りから好かれる人と、何を言っても嫌われ、うさん臭く思われる人がいます。これは、持って生まれた自身の“匂い”で決まるものですから、努力もしなければ、好かれる人にはなれません。

 これを乗り越え、好かれるためには、「~聞き上手で相手に安心感を与える、感謝や好意を素直に伝えられる、自然体で自分を大切にしている、適切な距離感を保ち、相手の自由を尊重する、相手のプライドを傷つけない、誠実で一貫した態度を持っている、明るく落ち着いた雰囲気がある~」(2026・04・26;シュフーズ の意見一部引用)などの努力が必要です。しかしながら、これらの所作が巧んでいては、何もなりません。下心が見透かされるからです。

 通常でしたら、嫌われるよりも好かれる人の方が圧倒的に良いことは間違いありません。そのための努力は必須でしょうし、諦めて放擲しましたら得られるものも手から抜け落ちていくことでしょう。

 人は、真逆な結論を好きな人もいます。嫌われても構わないとか、嫌がられて上等などの考え方をするひとです。どちらが良いかの選択は、当該人の選択ですから、傍から関与はできませんが、世間を狭くする生き方がつらいことは言うまでもないでしょう。