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2024-01-01から1ヶ月間の記事一覧

自己肯定感と自我肯定感の違いについて

私が個人的に考えても、自己と自我では字も意味も違っているのではないかと考えます。その根拠とするものは、言葉の違いの先にある意味の不定形性でしょうか。私ども現代人には、可視化して理解の可能なモノ・コトしか信用しないという“科学”の証明を要求し…

上司の教え方と学びについて

私どもは、特別の人を除外して、一括採用の過程で就職と自己に合った就業先に出向くことで、自己の確かな地歩を歩み始めます。これは、研修とか部署間での配置換えでも色んなことを覚えていくのですが、これでその人にとっては固有の「艶(つや)」が出てくる…

時間管理術について

特に業務において、F.W.テイラーが採用した「時間管理」が有名ですが、私個人では1日を如何に合理的に過ごせるかどうかを考えながらの生活にほぼ満足しているところがあります。少し前までは、時間がありましたら「ぼーっとしている」ことに無上の喜びも感…

革命の正当性について

何方にでもあり得る『革命』という名の現状変更には、勇気と決断が必要でしょう。仲間は集まります。しかし、思想や信条にまで付き従って、感銘を受けるという大時代的思考には程遠くなりますので、他人を感化させて、自己の魅力を発信するということについ…

大学間の格差を生む原因は

国家の成り立ちと、自身の野望が一緒になった時の爽快(そうかい)さは、目指したものでないと分からないという想いがあります。以前には、(大学に進学することが)『笈を負うて上京する』とか、“青雲の志”などと言われて、大いなる期待を掛けられた人たちが…

女性からの脈ありサインとは

私が育った約70年前までは、女性の幸福は(男性から)「好かれる」ということが幸せの最大限の受け身の意識であると信じられてきました。そして、内心において好きな異性に告白されましたら、これに勝る幸福は無いと云えたのでしょう。この価値観がなし崩し…

恥というブレーキとは

廻りや親などに、子どものころから言われてきました「日本は、恥を知る文化」ということを、受け手としての私らは何時も聞かされてきました。これには、相応の根拠があって、身の振る舞いを綺麗に、そして慎ましやかであることが、文化そのものであるという…

エネルギーの混合とは

私どもは、内心のモチベーションを高めるのに、外部の要因を自己のモノとして取り入れることで高めていきます。しかし、どうしても綺麗な言葉や心に残る言葉のみでは息苦しさを感じてしまいます。何故か、自分を含めた廻りがそんなに綺麗ごとで生活や行動を…

依存症とメカニズムについて

私の知り合いでは、寡聞(かぶん)にして1人くらいしか『依存症』を知りません。が、メディアやネットニュースでは沢山の人たちがいて、無理な状況を呈しているということを聞きます。これには、色んな学者や実務家たちの意見や処方があるようですが、効果がど…

我慢を理解するとは

人は、何かが欲しい時には、「あれがほしい」とか、「これがほしい」とい主張します。私も同じで、欲しいものがあれば、収入が無い頃は親にねだり、収入を得るようになってからは、稼いだ金で「買う(⇒求める)」という行動に出ます。これは、当たり前のよう…

予想を裏切るとは

掲題の「予想を裏切る」という言葉には、良い意味でも悪い意味でも使われる場面があります。できることなら、良い場面で使われるのが良いのでしょうが、信頼関係にあった人などに対しては、悪い方向でどんどんと評価が下がる場合があります。 注意しておきた…

リスキリングと学びの姿勢との違いについて

日本国内的には、平均的に学習意欲と学習能力は高いようです。これには訳があって、どの分野でも、微細な範疇でも、その道の専門家がいるという事実からです。何を勉強しても、不思議なことにネットなどを検索しますと、誰かが知識を披瀝(ひれき)しています…

幸福感の高い人について

私どもが、決して高い喜びを常に持っているかと言いますと、それは“ない”と答えます。何故なら、常に負の感情までも“幸福”に転換できる心が育っていないからでしょう。この「育つ」という感情そのものが、修行となるような負荷を強いる感情だからです。 これ…

サラリーマン大家の栄枯盛衰について

記憶にある限り、昭和が終焉を迎え平成の世になると、『バブルがはじけた』ことで、ビジネスパーソンという次代の給与所得者が出てきたことにも関係しています。これには、諸外国の嫉みとジャパンアズ№1という勿体ぶった意識が大いに関係していて、その後の“…

機会格差とは

掲題の内容は、本来国内の就職戦線での「採用方式」から出てきた言葉です。従来の「オーディション型」から「スカウト型」が出てきましたのには、少子化問題もあるのではないかと考えています。ルーティンワークであれば、日本国内の若者が3Kを嫌って現業に…

モラハラの真相と注意喚起について

モラハラ(=モラルハラスメント、パワハラが造語)というのが、外来種の言葉か、日本的造語から分からなくなるほどの日本語英語が氾濫しています。敢えて、“氾濫”していると表現します。江戸から明治になって、あらゆる外来語を日本語にするという作業の中で…

日本的美意識とは

私なりに先輩から教わった『審美的(しんびてき)観照(かんしょう)』という言葉に、自分なりの思い入れを言ってみたいと思います。これは、昭和一桁世代早期の人が言っていた言葉ですが、私は寒村の出ですので、因習と因循(いんじゅん)のもとに道徳という名の…

「推し」について

“イチオシ”とかいうことで表現することが多いと思うのですが、各自が推薦する相応の人でしたら「相応(ふさわ)しい」ということになるのでしょうから、割合に身近な実在の人物が取り上げられることが多いのではないかと思っています。但し、現実に尊敬して止…

君主論について

私が、『歴史』ということを意識し始めたのは、中学での社会科の時間です。これには訳があって、或る時「人は、何処(どこ)から来たのかな」という素朴な疑問を抱いた時に、しっかりと考えてくれたのが、数学の教師であったからです。しかし、その内容は覚え…

こまかいことを気にしないでいるためには

誰の心にもありながら、確認するには怖すぎるという性格、でしょうか。これには、内心を見透かされているように、怖すぎることもありますが、見ない、言わない、図らない、決めない、などという論理が良いのでしょうか。おせっかいな人にありがちな、他人の…

遠回りしてでも見つけるべき大切なこととは

私は、自分が納得していない『事象』にたいしては、何時までも拘(こだわ)りがあって先に進めないという悪癖があります。悪癖とまでは行かなくても、遠回りの性格が良い面でも悪い面でも作用しています。これが、必ずしもどんな場面でも双方向を持つ自己への…

自己肯定感の低い私がすべきことは

私に限っては、承認欲求は強いのですが、自己肯定感はあまり高くはないようです。知識や経験において足りない事柄が多すぎるのかもしれませんし、もっと先を行く人に追いついてから表明しようと考えているのかもしれません。静的な対抗力かもしれません。 し…

心がめげそうなときは

一日のうちに、多い時は何度かありますが、心が締め付けられるような悲しみです。「胸キュン」などは絶えて無くなりましたが、毎日のニュースでも悲しい出来事がありましたら、内なる自分も悲しくなります。これは、善行(ぜんぎょう)でもないようです。僧侶…

人脈より大事なモノとは

藺相如(りんしょうじょ)と廉頗(れんぱ)の関係のように、首を差し出しても惜しくは無いという関係になれる人がいたかと言いますと、『否(いな)』ですね。70年の人生でも得られなかったというのが正直なところです。努力も足りなかったのでしょうし、求めても…

不甲斐なさの背景とは

これは、私に限ったことではないかもしれません。が、ずっと古い話しでしたら「男なら」「男として」などという謂い訳があった記憶があります。これは、不甲斐なさと同列に数えられるかどうかは分かりませんが、同権とか平等とかの意識下では非常に問題とな…

格差が見えることへの可否とは

私は、自分が努力も根性も僅少なので、底辺という『層』でいいやと言った思考になっています。これを、やっかみとかいたちっぺとか言う人もいるのでしょうが、決した負け惜しみでも何でもないのです。大いに儲けたければ儲ければいいし、ガツガツ稼ぎたけれ…

運を向上させる行為とは

私の性格の良さ・悪さを自己評価して見ますと、ほぼ平均ですね。“ほぼ”と言いますのは、行き当たりばったりで、良い面も、悪い面も出てくるからです。朝一番に少しでも良いことをしようと思い立っても、三日も続きません。これを三日坊主と言うのでしょう。…

河村(かわむら)瑞(ずい)賢(けん)と言うひとは

江戸初・中期の富商と言われる人のことが気になり、ウィキペディアを見てみました。参考にはなりました。82年の生涯で為しえた業績には感心します。そして、13歳で今の三重県から上京して治山治水の技術を学び会得した経験などは、生きた勉学の最たるもので…

現代の士農工商とは

士農工商という身分制度は、無かったという説があります。しかし、私どもは全員江戸時代に生きてはおらず、時代考証で考えるだけですので、正確なところは分からないところです。そして、時代が下って考証をする人の能力と価値観においても違った結論・結果…

天才の定義と違和感について

私自身は、特に変わったところが無かったような気がしていますので、凡人であることは意識しています。しかし、何と多くの民(たみ)草(くさ)が自己を『天才』と誤信しているかについては、△△学院中学校・高等学校を優秀な成績で卒業して、〇〇大学医学部を出…