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成熟した大人を求めない社会について

 私どもは、学窓にある間、繰り返し政治家を始めとする「公人」は、“自分の支持者たちだけでなく、自分の反対者を含めて集団成員の全体を代表しなければならない。そんなの当たり前のことです。”と習いました(思想家の内田樹氏言・引用)。故佐藤栄作氏などが良い例です。“でも、日本社会では、ある時期から「公人」とは、「公権力を私的目的のために使い、公共財を自分の懐に入れても罰されない人」のことを意味するようになりました。”(思想家の内田樹氏言・引用)。という真逆な現象が趨勢になりました。

 これでは、一般市民や学ばなければならない学生たちでもそっぽを向くでしょう。何でも訳知りで、全てを分かった積りになっている大人が多すぎて、誰を真似て、誰に学ばなければならないかも分からなくなってきています。そのために、指針や方向性を見失った人たちがふえてきて、混乱の極みです。政体も、企業の目指す先も、不明というか混迷のままになってきています。これでは、真似ようとも思わなくなってしまうでしょう。

 掲題の「成熟した大人」とは、訳を知ったから大人ではなく、複雑な社会は複雑であるから「乱麻を断つ」ような人が出なければならないのでしょう。社会の木鐸(ぼくたく)は、一日にしてはならないので、私始め皆さんが、各自の勤勉と刻苦(こっく)によってしか成り立ちえないと理解します。

 そのための手段・方法は、克己心であってこれが自己も他人をも支えるものと考えます。