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政治の世襲と国民主権について

 私の個人的な思考では、政治家の世襲制が大幅に大きくなってきている気がします。良い例が、少し前に銃弾に倒れた安倍晋三氏は、祖父が岸信介、父が安倍晋太郎という、所謂“大物政治家”の血を引いています。この“血”が馬鹿にならないのです。環境もあるのでしょうが、幼少の頃より政治家達が集まってきていますと、当然一連の話しは、同じ方向性のある話題で持ちきりとなって、終いには自分も将来そうなるであろうことは、予想されます。

 また、一代で野心のある人も政治家にならんと努力するのでしょうが、言葉は悪いのですが、『貧乏人』にはなれる筋合いのものではないでしょう。何故なら、平治においては、勉学の量が問題とされますので、背景となる資金量が潤沢にありませんと、学ばせることも、学ぶことにも余裕がなくなるでしょう。犬養道子女史は、公邸で犬養毅の一挙手一投足を見ていました。

 とくに、「世間知」を高めるための訓練である“留学”などは、金も知人も有力者ら(カバン、地盤、看板)も当然必要となってきます。これらが時間的にも物理的にも接近していませんと、何ものにもならないという悲哀を味わうこととなります。

 ですから、政治には当然世襲が手っ取り早いということと、国民主権には程遠くなる環境に身を置きませんと、実現は難しいということになるでしょう。底辺からの意見は、革命であって改善ではないからです。