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地方在住女史の生きづらさの正体とは

 生きづらさを感じるのは、一時は男子にもあったようです。これは、社会の鏡ですから、進歩や同調圧力の強弱でも違ってきます。今現在は、女性が男性の割合よりも大学の進学率が多くなって、向学心や勉学においても、女性の方が上であることに起因しているのかもしれません。ですが、こうした環境や因子は、どの時代にも、更にどの政権でもありうることだと云えます。これを、今の状態で女性が抱えてしまっていることに、男性が矛盾を抱えていないからともいえますが、決して男女別で考えるべきものでもありません。

 地位の高下や、先に行っての目指すことが違ってくる場合、厄介なのは「椅子が少なくなる」という競争への矛盾です。年次の違いも、年齢の違いも、社会に出ますと段々となくなり、その代わりに能力の有無を試されてきます。そのために、自己の所在を確認できないままに、廻りの言うとおりになって進むべきは進み、停滞すべきは分かっていて停滞します。

 一例としての“地方在住女史のいきずらさ”を上げてみましたが、因習や慣行のために、どれくらい悩んだ人が過去にあって、今現在も将来へも有るであろうというのが本音でしょう。

 男子であるということだけで、恵まれることがあるかもしれません。しかし、大都会と小さな地方自治体での因習の深さは段違いです。思い通りにはならないのが常ですが、生かし方も殺し方も永遠のテーマになると思います。