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人間の本質と闇

人は、生まれ落ちた環境を変えることはできないでしょう。これが、「親がちゃ」ということに繋がると思うのですが、自分では全く知らない世界でも、話しを聞いていますと、何となくわかることもあります。貧しいだけが性格を捻(ね)じ曲げないし、正しいこと…

神様が味方する人とは

ひとは、生きている限り大なり小なり他人の影響のもとに自己を大きくしたり、捻じ曲げてしまっていることが多いでしょう。これは、嫉妬・慎みなどの感情的な面が大きく左右して、己を大きくも小さくもするからです。 他人の悪口や陰口を言っているうちは、自…

先払いの意義とは

何でもそうですが、自己の意識が決定的に全てを決めることがあります。これは、金銭の支払いに関してもそうです。例えば、クレジットなどでの支払いは、最初が約2か月後に来るのが通常です。が、こうした「借金を負う」ということに耐えかねて、「現金主義」…

自分の売りの再確認とは

社会人になる前に、ペーパーテストを含む「面接」という試験を受けて、これに合格しませんと目的の企業や公務員にはなれませんので、学生時代を含めても、自分の所作を分かっていなければならないのでしょう。が、自己を高く見積もっている人は、なかなか現…

創造性を求められる時代とは

私は、第二次世界大戦の敗戦後に出生し、もはや戦後ではないとも言われた時期です。しかし、伯父たちが戦地から戻っていて、物心つくくらいの時になっても、その伯父たちは酔っては、戦時の、そして戦闘中の話しをしたものでした。私の親族には職業軍人もい…

成年後見の運用と実態について

もう、20年にもなるとは思いますが、成年後見制度に対する評価や批判は、何時までも消えて無くならないようです。何故か。確か、当初は被後見人の親族がほとんど後見人となっていたと聞きおよんでいました。しかしながら、被後見人の財産を食い物にする親族…

Z世代の親子観について

私どもは、自分ら以前の旧世代の価値観と使い古された観念で育てられてきました。絶対と言って良いほどに、反論や文句・苦情を言わせない育てられ方でした。ただ、これは軍政の覆滅と突出して誤った観念が招いた絶大な後悔を生みました。それでも、言い訳を…

持続可能なビジネス展開について

可能でしたら、自己の起業ファーストが永久に続くことを目論むものです。が、そうそう上手くは行きません。何故か。変わらない企業理念と変わって行く変数を混同して止まないからです。“持続可能”とは、商売や自己の意志のみの言葉ではないからです。紀元前…

内発的報酬とは

私が個人的に考えました“報酬”には、労働対価あり、世話になった感謝の対価もあり、無償の愛への対価もあります。これらの対価を総称して報酬というのでしたら、全ての行為や助言に対して報酬が生じることになると考えます。これらに加えて、内発的動機や自…

Z世代が感知する良くない企業とは

私どもが考える、世代間の齟齬とかは言うまでもなく、「Z世代」という斯様な言葉が無かった時期まで繰り下げられませんと理解は不可能です。 ですから、Z世代の感知力というのは、私どもが考えるずっとはるか上を行っていますので、正直理解が行かないとい…

企業が望むリスキリングとは

私は、年代的に後期高齢者の部類に入ってきましたが、現職で働いてきた人たちも、役職定年とか雇用期間の年数定年の時期を迎えるようになりました。こうしませんと、後進が育ちませんし、若い人たちの職場を奪うような状況を呈することにもなりますので、経…

角を立てずに相手に、聴く・話すには

実に日本的で、的を射るという考え方です。“角を立てない”などは、日本以外には無いのではないかというほど、鼻汁が入ったチリ紙を外から更に包んで見栄えを良くするというような、見栄と外聞のみのやり方でしょう。そこで、自分の分からないことを横柄に聞…

会話のネタに興味を持たせるかどうかについて

通常の会話において、私どもは仲良しとか軽口が利かれるような関係を持ちたいので、自分にとっては好かれたいとか、廻りには好印象でいたいとかの背景があります。これらについては、自尊心や自己優位の立場の強調もあります。 しかし、他人でも廻りでも、そ…

願いをかなえられないひとについて

私自身もそうですが、願いは何方(どなた)ももっているのに、“叶えられない”のは、何故かということに尽きるようです。日本だけを見ても1億2千6百万余の人たちが皆願望をもって、その願いが適えられるよう神社・仏閣にお参りをしている人もいるのでしょう。そ…

転職に失敗するひとについて

人は、自己の才を過剰視したときには、失敗も伴うことを知るべきでしょう。人生に油断も隙も無い人でも、“上手の手から水がこぼれる”ことはままあるものです。これを意識していませんと、一体何が悪かったのかも分からないままになります。そして、他人の性(…

社内研修とリスキリングについて

私ども世代は、社内研修という名のもとに、不定期に研修センターを利用した、所謂「社内研修」制度がありました。大企業では、自社で研修機関やセンターを持っていましたので、その分費用が安上がりだったのでしょうが、本来自己啓発というのは各自が責任を…

会話のネタの良否について

私どもは、社会人となり、研究室に籠(こも)る役職以外では、他人との接触が当たり前となりますので、他人との交流について大なり小なり、「人付き合い」の良否を問われます。 これは、自分の人生における経験の大小には関りなく、知っていること、知りたいこ…

喪主と相続人は一緒かどうかについて

私が個人的に知る限り、『喪主』=複数の相続人を統括する者という理解です。 複数の相続人がいる場合は、纏(まと)まっていて異議の出ないケースはまずありません。経験則から言って、相続人ら各自の金銭に対する思惑が違っているからでしょう。戦争状態とか…

願いは叶うのかについて

私は、願い事が多い方でしょう。何故なら、到達できないことが多すぎて、“神頼み”が幼少の頃より沢山あったからです。その都度、自力以外を頼ることで、何とかなるのではないかと安易に考えますが、結局地道に達成した人の方がより大きな経験を積んでいたよ…

転職の可否について

掲題の件は、ブログでは不定期に過去も未来の分も含めて、何度か出てきます。が、社会に出るにあたって、働くということが至上命題ですので、繰り返し話させて頂きたいと思います。 親や廻りに育てられても、何時かは自立しなければなりませんので、手に職を…

政治の世襲と国民主権について

私の個人的な思考では、政治家の世襲制が大幅に大きくなってきている気がします。良い例が、少し前に銃弾に倒れた安倍晋三氏は、祖父が岸信介、父が安倍晋太郎という、所謂“大物政治家”の血を引いています。この“血”が馬鹿にならないのです。環境もあるので…

話し方の工夫と上達について

今回は特に、“わたしに限って”の“会話下手”について、お話しをして、更なる不勉強を吐露することにします。以前から、自分を褒めないから、相手を褒めることに対して“鈍感”であったようです。これは偏(ひとえ)に、自分ができることは他の誰でも可能であると…

信頼される人になれるとは

道徳の感情は、身近な人、即ち両親やこれに近い人たちから、良いこと、悪いことを区別しながら学んできたようです。「ようです」というのは、はっきりと自覚していなかったというのが正確だからでしょう。確かに、ひとのモノを盗(と)るという行為は、極端な…

貧乏と金持ちの意識の違いは

私は、親から貧乏とも金持ちともはっきり言われた記憶はないです。が、私どもの小学校の時期までは教科書は有料であった記憶があります。給食は無かったのですが、学級費というのが毎月袋で担任教諭に渡す決まりになっていたようですが、思うに任せなかった…

国内の学校間格差と国際競争力について

国というより、各大学が自覚すべき問題であって、その性か大学には“危機感”があるモノと考えます。第二次世界大戦後の今日まで、既存を含めて計約800の大学の創学を許可してきたのでしょうが、旧帝国大学以外には、目立った功績を残してきませんでした。これ…

高学歴層の増大と知識社会の因果関係について

社会学的に人類の変遷を表すときには、人とのつながり、即ち人口社会学が実態の生活を表すものと考えます。何故か。詳細な資料を見ませんと正確なところは分からないのですが、1家族、1つの村、1社会関係と1親族の家系は、社会学の知恵を表すものだと考える…

ストレスと自律神経失調症との因果関係について

私に限って言いますと、余り外界の刺激に敏感ではないと考えていましたので、“ストレス”とは無縁であるとずっと思ってきました。しかしながら、年輪を経るにしたがって、身体の不調を訴えることが多くなりました。 家族は、不思議がっていますが、自分でも訳…

悲観的なものの考え方の良否について

私自身は、信じてもらえるかどうかは分かりませんが、成功が先にあって、考えた時にはもう成就しているという、パラパラした考えで生きてきています。ですから、なるならないは時の運と決めつけていますので、なってもならなくても、結果的に自分の性(せい)…

公私に亙(わた)るクレームへの対応について

学窓にあっても、社会人となっても、『クレーム』と理解するような、“いいがかり”は、どこにでも転がっています。特に、社会人となって、職業人としてのクレームには、進退を掛けたり、退職を余儀なくさせたりするような事態が出てくるものです。何度かは、…

手本にすべき人の選択について

私にも、師とすべき先輩諸氏はいます。学窓にあってもいましたが、深くなるにつれ失望した記憶もあります。従いまして、腹の底から『この人に』という想いが沸き上がってくるのでないと人生は何が起きるか分からないという「結果」を思い知らさることにもな…